顎関節症の鑑別及び診察

1. 基礎知識

定義
顎関節や咀嚼筋(噛む筋肉)に関連する痛み、関節雑音、開口制限などを主症状とする「顎口腔系の機能障害」。
構造的な異常だけでなく、筋緊張・ストレス・姿勢・噛み合わせなど多因子的に関係する。

主な原因・要因

  • 咀嚼筋の過緊張(歯ぎしり・食いしばり)
  • 顎関節円板のずれ(前方転位など)
  • 頸部や肩の筋緊張
  • 不良姿勢(猫背・頭部前方偏位)
  • ストレスや自律神経の乱れ

2. 主な症状

  • 顎を動かすと「カクッ」「ジャリッ」と音がする
  • 口を大きく開けにくい(開口制限)
  • 顎・耳の前・こめかみ周囲の痛み
  • 咀嚼時やあくび時の違和感
  • 頭痛、肩こり、耳鳴り、めまいを伴うことも

3. 鑑別診断

鑑別疾患特徴・鑑別ポイント
耳疾患(中耳炎・外耳炎)耳痛・発熱・聴覚異常あり
顎関節炎(感染性)発赤・腫脹・熱感・強い痛み
三叉神経痛電撃様の顔面痛、誘発点あり
歯科疾患咬合痛・虫歯・歯周炎など
側頭筋・咬筋症候群筋由来の疼痛、触診で再現痛

4. 問診時のポイント

  1. いつから音や痛みが出始めたか?
  2. 開口・咀嚼・会話などで症状が変化するか?
  3. 生活習慣(歯ぎしり・食いしばり・ストレス)
  4. 姿勢(スマホ・PC操作など)
  5. 既往歴(歯科治療、外傷、事故)

5. 診察・評価項目

① 観察

  • 下顎の動き(開口時に偏位していないか)
  • 顔面左右差・咬筋肥厚の有無
  • 頸部姿勢:頭部前方位、肩巻き込み

② 触診

  • 顎関節部(耳前方)の圧痛
  • 咬筋・側頭筋・内外翼突筋の緊張
  • 胸鎖乳突筋・僧帽筋の連動緊張

③ 機能評価

  • 最大開口量(基準:指3本が入る=約40mm)
  • 関節雑音の有無(クリック・クレピタス)
  • 偏位方向の確認(円板転位方向推定)

6. フローチャート:診察・鑑別・対応の流れ

主訴:顎が痛い・開かない・音がする
           ↓
問診:発症時期・生活習慣・ストレス・姿勢の確認
           ↓
顎関節部・咀嚼筋の触診 → 圧痛や硬結の有無を確認
           ↓
開口運動観察 → 偏位・クリック音を確認
           ↓
【鑑別】
  ├ 発赤・腫脹・熱感 → 炎症性→医療機関紹介
  ├ 強い耳痛・聴覚異常 → 耳鼻科疾患の可能性
  └ 筋緊張主体・姿勢不良 → 機能的TMDの可能性
           ↓
【施術方針】
  ├ 咀嚼筋リリース(咬筋・側頭筋)
  ├ 頸椎・胸郭の可動性改善
  ├ 頭部前方姿勢の修正
  ├ ストレス軽減・セルフケア指導
           ↓
経過観察 → 改善しない場合は歯科・口腔外科へ紹介

7. 機能的アプローチ(整骨院などでの施術方針)

目的:
筋緊張・関節可動性・姿勢を整えることで、顎関節にかかる負担を軽減する。

アプローチ例(一般的な考え方)

  • 咬筋・側頭筋の軽い筋膜リリース
  • 頸椎・胸椎のモビライゼーション(特に上位頸椎)
  • 肩甲帯の安定化・胸郭拡張訓練
  • 口輪筋・顎二腹筋・舌骨上筋群への軽いリリース
  • 頭部前方姿勢の改善指導(スマホ姿勢の修正)

8. セルフケア・生活指導

  • 食事:柔らかい物を摂り、片噛みを避ける
  • 姿勢:スマホ・PC操作時は顎を引く意識
  • 咀嚼筋ケア:温罨法+優しいマッサージ
  • 口の使い方:「あくび・大開口」を避ける
  • ストレスケア:睡眠・深呼吸・軽運動

9. 注意すべきポイント

  • 「開口制限+強い痛み+熱感」→ 顎関節炎の疑いあり
  • 「開口できるが音のみ」→ 円板転位復位型が多い
  • 「音も痛みもなく開かない」→ 円板転位非復位型の可能性
  • 顎関節単独ではなく、頸部・胸郭・姿勢を同時に評価することが重要

10. 患者への説明例

  • 「顎の関節だけでなく、首や姿勢の影響も大きいです」
  • 「噛む筋肉が常に緊張していると、関節に負担がかかります」
  • 「体のバランスを整えることで、顎のストレスも減ります」

11. 補足:分類と臨床像

タイプ主な特徴改善アプローチ例
筋肉型(Ⅰ型)咀嚼筋痛・開口制限筋緊張緩和・姿勢修正
関節包・靭帯型(Ⅱ型)顎関節部痛・雑音関節可動域改善
円板転位型(Ⅲ型)開口時クリック音・偏位顎運動訓練・姿勢調整
変形性関節症型(Ⅳ型)クレピタス音・高齢者負荷軽減・温熱療法