肩関節鑑別診断

肩関節疾患 — 全体像と鑑別マニュアル

1. 基礎知識と主な疾患

✅ 肩関節の構造と機能のポイント

  • 肩関節(Glenohumeral joint)は、上腕骨頭と肩甲骨関節窩が関節包と靭帯、腱(ローテーターカフなど)および周囲筋で支持されており、非常に広い可動域を持つ反面、構造的安定性は他関節に比べ弱い。
  • このため、腱・腱板、滑液包、関節包、関節面、靭帯、骨、関節唇など、さまざまな部位の異常が肩痛/可動域制限の原因になりうる。

🔍 主な肩関節疾患とその特徴

以下は臨床で頻度の高い代表的疾患(または状態)群。

※ 多くの場合、複数の病態が混在する(例:腱板断裂+肩関節周囲炎、石灰沈着+滑液包炎など)ため、「単一診断名」ではなく「病態把握」に重きを置うべき。 PubMed+1

疾患名/状態主な特徴
肩関節周囲炎(俗に「五十肩/四十肩」)明確な外傷なしに、肩の痛み+可動域制限(挙上・外旋など)が進行。関節包/滑膜の炎症 → 関節包線維化 → 拘縮。40–60代に多い。 日本オーケストラ連盟+2医学書院+2
腱板断裂 / 腱板病変ローテーターカフの腱(棘上筋など)が部分または全層断裂。外転・挙上で力が入らない、夜間痛、可動域制限、筋力低下を伴う。高齢に多い。 医学書院+2南長野医療センター篠ノ井総合病院+2
石灰沈着性腱板炎(Calcific tendinitis)腱板内にリン酸カルシウム結晶が沈着 → 炎症。ある日突然の激痛、夜間痛、腫れ/熱感あり。急性期は特に強い痛み。 日本オーケストラ連盟+2岐阜県一般撮影を知る会+2
インピンジメント症候群 / 腱板腱炎 / サブアクロミアル障害肩を挙上するたびに痛み、60–120°で“痛みの弧(Painful arc)”/挙上困難。繰り返しの過負荷、オーバーヘッド動作で発症。 NCBI+2StatPearls+2
関節不安定性 / 脱臼既往 / 関節唇損傷外傷や反復性脱臼歴。挙上時の不安定感、引っかかり、力が抜ける、脱臼感など。 gpraj+1
変形性肩関節症(Glenohumeral arthritis)関節軟骨の摩耗・骨変形。高齢者、慢性的な経過。可動域制限、痛み、運動痛。 NCBI+1
滑液包炎 / 腱炎 / 上腕二頭筋長頭腱炎 / AC関節障害など滑液包や腱、関節唇、靭帯、関節以外の構造の障害。痛みの発現部位、動きでの誘発方法、圧痛点、腫れなど多様。 StatPearls+2gpraj+2

主な肩関節疾患の鑑別と臨床的特徴(整骨院実務用)

疾患名主症状・訴え鑑別ポイント(整形外科疾患として重要)徒手検査例臨床で特に見るべき点
肩インピンジメント症候群外転・挙上時痛 / 夜間痛60–120°でPainful Arc (+)Neer、Hawkins-Kennedy、Painful Arc腱板断裂と鑑別必須、運動痛が主体
肩関節周囲炎(俗:四十肩)可動制限が進行性 / 夜間痛強い伸展・外旋制限が顕著Apley scratch test炎症期は無理なROM強制 ×
腱板損傷(部分〜完全断裂)外転・挙上筋力低下 / 夜間痛Drop Arm (+)、代償運動Drop Arm / Empty Can / ER Lag Sign60代以降多い。外傷歴+持続痛は要画像判断
上腕二頭筋長頭腱炎前方痛・結節間溝部圧痛Supination抵抗で痛み増大Speed、Yergason断裂なら Popeye sign +
肩関節不安定症 / Bankart / SLAP脱力感・抜けそう感 / 投球で悪化Apprehension (+)でRepositionで軽減Apprehension、Relocation、O’Brien若年・投球選手。反復性脱臼歴が鍵
肩鎖関節障害(捻挫/亜脱臼/断裂)鎖骨遠位圧痛 / 挙上で悪化Cross body adduction test (+)Piano Key Sign / AC Shear直達外力歴が多い。Grade分類で方針変わる
石灰沈着性腱板炎急激な激痛・夜間痛X線で石灰像確認徒手検査は痛み強すぎ評価困難も多い24–72hで痛みピーク。急性炎症型
肩峰下滑液包炎摩擦痛・挙上初期から痛い滑液包部圧痛明瞭Neer、Hawkinsで再現腱板痛との鑑別は外旋筋力残存が鍵

【新規追加①】投球障害肩(Throwing Shoulder / 野球肩)

項目内容
主症状リリース期・加速期の肩後方〜前方痛、球速低下
病態GIRD、後方関節包タイトネス、SLAP、インピンジメントの複合型
徒手所見外旋可動↑/内旋↓、後方タイトネス、Apprehension or Relocation (+)
鑑別SLAP損傷 / インピンジメント / リトルリーガー肩(小児は別枠)
施術の肝肩後方の柔軟性改善・肩甲胸郭リズム再学習・体幹主導投球へ
NG痛み残存での投球継続=慢性化+SLAP移行

🟥【新規追加②】急性外傷系(柔整で特に重要)

👉「整復・固定 → 画像判断+整形連携」が前提


◆ 肩関節前方脱臼(最頻)

項目内容
受傷機転外転+外旋位ストレス / 転倒外力
所見肩の丸み消失・空瘤徴候・可動不能
神経評価腋窩神経障害は必ず評価(感覚・三角筋)
注意整復後も固定+再脱臼予防
20代男性は再発率高い

◆ 烏口上腕靭帯損傷 / Bankart損傷併発あり

| 特徴 | 脱臼後の不安定感、Apprehension (+) |
| 重要事項 | 可動域の攻めすぎは再脱臼リスク |


◆ 上腕二頭筋長頭腱断裂(Popeye Sign)

| 所見 | 力瘤状変形 / 肘屈曲&回外筋力低下 |
| 鑑別 | 腱炎から移行するケース多い |
| 柔整対応 | 疼痛管理+遠心強化、腱性再付着なし=筋代償で機能回復へ |


◆ 鎖骨骨折 / 肩鎖関節脱臼(AC損傷)

| 受傷機転 | 直達外力(転倒・肩部打撲) |
| 所見 | 鎖骨突出、肩峰押下→跳ね返る(Piano Key) |
| 対応 | 徒手整復の対象外 → 固定+整形外科紹介を前提 |



カテゴリみるべき軸
①炎症性 → 四十肩/石灰沈着/滑液包炎夜間痛強い、ROM徐々に↓
②腱損傷 → 腱板断裂/二頭筋腱筋力脱落・Drop Armなどで鑑別
③投球障害 → 野球肩/SLAP/GIRD若年スポーツ+ROM偏差=ファーストサイン
④急性外傷 → 脱臼/AC損傷/骨折整復の責務は明確。再発予防・固定・整形連携

2. 鑑別のポイントとレッドフラグ

🎯 鑑別判断で重視すべきポイント

  • 発症のきっかけ(明らかな外傷か、徐々にか)
  • 痛みの性質(運動痛か、夜間・安静時痛か、突発か)
  • 可動域(関節運動時の制限か、筋力低下か)
  • 圧痛点(腱部か、関節包か、滑液包か、骨付近か)
  • 動作誘発(挙上、外旋、荷重など特定動作)
  • 画像所見/エコー/MRIの有無(必要時)
  • 全身所見や既往歴(糖尿病、代謝異常、外傷歴、リウマチ性疾患など)

⚠️ レッドフラグ(即、紹介または注意が必要な所見)

整形外科プライマリケア向けのマニュアルにも挙げられている。 PMC+2PMC+2

  • 発熱、発赤、腫脹、関節の熱感 → 関節内感染・化膿性関節炎 の可能性
  • 既往にがん、体重減少、夜間痛、安静痛 → 腫瘍性病変 の可能性
  • 急性外傷後の脱臼、関節変形、不自然な肩の形 → 脱臼・骨折
  • 複数関節炎、新規関節痛、多関節の腫れ → リウマチ性疾患など全身性炎症
  • 激痛+強い運動制限、安静で改善しない → 急性石灰沈着性腱板炎のピーク期 もしくは重症腱板断裂の可能性

3. 施術時の注意点・保存療法の原則

肩関節は構造が複雑で、誤った施術や過剰な運動負荷で状態を悪化させやすいため、以下の注意点を徹底すべき:

  • 安易に「四十肩/五十肩」と決めつけず、まず鑑別を丁寧に行う。特に初診時は画像所見・問診・理学所見から慎重に。
  • 急性期(特に炎症期/石灰沈着急性/激痛など)には、過度なストレッチ・強い手技・無理なモビライゼーションを避ける。
  • 保存療法が基本:温熱療法、関節可動域訓練、筋肉・肩甲帯の安定化、生活動作の修正を中心に。
  • 定期的な評価:疼痛、可動域、機能、夜間痛などを逐次チェック。改善がない、または悪化する場合は整形外科へ紹介。
  • 患者教育:安静・姿勢指導・再発防止ストレッチ、負荷制限などを明確に伝える。

4. 鑑別〜対応のフローチャート

【肩関節痛 初期対応フローチャート】

① 外傷歴・発熱・腫脹・熱感などの有無を確認  
   ├─ YES → 脱臼/骨折/関節内感染/化膿性関節炎/腫瘍などの可能性 → 速やかに医療機関紹介  
   └─ NO → ② 痛みの性質・発症経過・夜間痛の有無を確認

② 痛みが「挙上・外旋など動かすときのみ」か?  
   ├─ 動作痛主体 → ③ へ  
   └─ 動かさなくても痛い or 夜間痛あり → ④ へ

③ 動作痛主体:挙上困難、インピンジ、腱板・滑液包・腱炎の可能性  
   ├─ 圧痛が腱部 or 滑液包 or 関節前面 → インピンジ or 腱炎 or 石灰性腱板炎 or 滑液包炎 など  
   ├─ 筋力低下 or 力が入らない → 腱板断裂を疑う → 画像検査+整形紹介も視野  
   └─ 圧痛・腫れなし but 可動域制限 → 肩関節周囲炎(五十肩)を暫定診断  

④ 安静時痛/夜間痛/徐々に進行性の可動域制限 → 肩関節周囲炎(五十肩) or 石灰性腱板炎 or 変形性関節症などを鑑別  
   ├─ レントゲン or エコーで石灰影あり → 石灰性腱板炎  
   ├─ 高齢 or 長期変化あり → 変形性肩関節症 or 慢性滑液包炎 など  
   └─ 画像異常なし → 肩関節周囲炎(保存療法)  

⑤ 施術開始(保存療法):  
   - 炎症期:安静・局所管理(温熱・物理療法)  
   - 可動域制限があれば受動・他動可動域訓練+姿勢矯正  
   - 肩甲帯・体幹安定化、筋力再教育、再発防止動作指導  

⑥ 定期評価:痛み・可動域・機能・夜間痛の改善をチェック  
   └─ 改善乏しければ画像再評価 or 医療紹介検討  

5. まとめと臨床への応用のポイント

  • 肩関節痛は原因が多岐にわたる — 鑑別を丁寧にし、安易な「五十肩診断」は避けるべき
  • 保存療法を第一選択とする場合でも、炎症・腱・関節・滑液包など「どこに異常があるか」を想定した施術設計が重要。
  • レッドフラグの見逃し禁止。感染・脱臼・腫瘍などは徒手的介入で悪化する可能性がある。
  • 患者教育と生活指導を含めたトータルマネジメントが、再発予防や機能改善において非常に重要。

肩関節 徒手検査一覧(疾患鑑別に直結)

検査名目的 / どの病態を疑うか方法陽性所見 → 疑われる疾患
Neer Impingement Testインピンジメント、腱板炎、滑液包炎肩を内旋位で前方挙上前側肩部に痛み → インピンジメント症候群
Hawkins-Kennedy Testインピンジメント(特に棘上筋腱)肩90°屈曲+肘90°屈曲で強制内旋90°で鋭い痛み → 肩峰下インピンジメント
Painful Arc Testインピンジメント or 腱板病変0〜180°挙上を行わせる60–120°で痛み → インピンジメント / 腱板病変
Drop Arm Test腱板断裂、棘上筋機能不全外転90°→ゆっくり下ろす途中で腕が保持できない/落下 → 腱板断裂疑い強
External Rotation Lag Sign棘上筋・棘下筋断裂肩外旋位で保持指示外旋保持不可 → 腱板断裂
Internal Rotation Lag Sign肩甲下筋断裂肩関節をIR+手背を背中に保持IR保持不可 → 肩甲下筋損傷
Speed Test上腕二頭筋長頭腱炎・SLAP病変肘伸展・前腕回外で抵抗屈曲溝部痛・前肩痛 → 二頭筋長頭腱炎
Yergason Test上腕二頭筋長頭腱の亜脱臼・炎症回外+屈曲に抵抗を加える溝部痛・腱の滑走痛 → 長頭腱炎/不安定
O’Brien TestSLAP損傷(関節唇)屈曲90°水平内転+母指下向き抵抗親指下で痛い→SLAP、上向けで軽減→確度↑
Crank TestSLAP損傷、ラブラム損傷屈曲90°外旋内旋で捻る深部の引っかかり・クリック → 関節唇損傷
Apprehension Test不安定性・亜脱臼90°外転+外旋へ誘導脱臼感・不安感 → 前方不安定性
Relocation Test不安定性の確証Apprehensionの姿勢で後方押圧押圧で恐怖軽減 → 前方不安定性確度↑
Sulcus Sign下方不安定性腕を下方牽引肩峰下に陥凹 → 多方向性不安定
Cross Body Adduction TestAC関節障害水平内転を強制AC関節部に局所痛 → ACジョイント障害
Apley Scratch Test可動域・拘縮評価(五十肩)IR/ER/水平動作の到達域を見る制限/左右差明瞭 → 肩関節周囲炎示唆