- 1 概要・疫学
- 2 病態と発生機序
- 3 臨床所見(問診と身体所見)
- 4 画像診断(推奨フロー)
- 5 鑑別診断
- 6 重症度分類(臨床的)
- 7 保存療法ベースライン(当院方針を含む)
- 8 「7日休み」期間中の具体的対応(日別プラン) 基本的に初日から7日目までは古鍼流脈診整法にて対応。
- 9 Day 8:復帰開始プロトコル(段階的復帰)
- 10 運動処方(フェーズ別・具体的)
- 11 復帰基準(目安:クリニカルチェックリスト)
- 12 装具(ブレース)・その他の補助療法
- 13 紹介・画像再評価のタイミング(整形外科連携基準)
- 14 合併症と長期フォロー
- 15 患者向け説明(簡潔な言葉)
- 16 実務テンプレ(診療記録に使える要点)
- 17 注意点・クリニカルピットフォール
1 概要・疫学
- 定義:椎弓部(特に椎弓根と上関節突起の接合部付近)に生じる疲労性の骨折・骨欠損。若年のスポーツ選手(10〜20代)の反復伸展ストレスで好発。
- 好発部位:L5が最も多く、次いでL4。
- 好発スポーツ:体操、サッカー、ラグビー、野球(投球)、バレーボールなど腰部伸展・回旋を繰り返す競技。
- 臨床意義:早期発見・適切保存療法で治癒(骨癒合)する可能性が高いが、放置や過剰負荷で慢性化・すべり症につながることがある。
2 病態と発生機序
- 反復する腰椎伸展・回旋による椎弓線維輪の微小損傷 → ストレス反応 → 疲労骨折(分離)。
- 初期は骨髄浮腫(stress reaction)→ 進行すると骨欠損(非癒合化)となる。
3 臨床所見(問診と身体所見)
問診で聴くべき項目
- 発症年齢・競技歴(何年、週何時間)
- 痛みの性状:腰部の局所疼痛(特に腰椎下部)/前屈で軽く、後屈や伸展で増強することが多い
- 発症状況:徐々に悪化することが多い(特に練習負荷上昇時)
- 夜間痛・安静時痛の有無(重症時は安静時も)
身体所見
- 腰椎伸展(立位後屈)での疼痛増強
- 圧痛点:棘突起からやや外側(椎弓部)に明確な圧痛
- 腰椎前方屈での痛みは軽い/なし、伸展負荷テスト(エクステンションテスト)で再現
- 片側性のことが多いが両側性もありうる
- 神経学的症状(下肢の力低下や感覚障害)は基本的にない(あれば別病変併存を疑う)
4 画像診断(推奨フロー)
- X線(腰椎正側面/斜位):斜位像で「scotty dogの首の欠損(椎弓欠損)」を探すが、初期のストレス反応は写らない。
- MRI(STIR/T2強調):骨髄浮腫を検出できるため初期(stress reaction)診断に有用。神経根病変の有無確認も可能。
- CT:骨欠損・非癒合の描出に最良。
- SPECT(核医学):活動性のストレス反応があるかを判定する補助(必要時)。
臨床フロー(当院での考え方):X線→(陰性でも臨床疑い強ければ)MRI→治療方針。非癒合や手術検討は整形外科紹介・CT精査。
5 鑑別診断
- 腰椎椎間板障害(椎間板性腰痛)
- 腰椎滑り症(分離を伴う/伴わない)
- 筋・筋膜性腰痛(棘突起周囲の圧痛が主)
- 骨盤・仙腸関節障害
- 成長期の他の骨病変(骨端症等)
鑑別は画像と圧痛部位、伸展での誘発の有無で行う。
6 重症度分類(臨床的)
- 初期/応力反応:MRIで骨髄浮腫だがX線陰性
- 亀裂・早期骨折:X線で薄い欠損、CTで確認可能
- 明らかな分離(非癒合):CTで明瞭な欠損;慢性化リスク高い
治療目標は「骨癒合(可能なら)」と「疼痛・機能回復」。
7 保存療法ベースライン(当院方針を含む)
基本は保存療法が第一選択。骨癒合を目指す場合は安静と負荷制限が重要。
当院オリジナル:「7日休み → 8日目復帰」 プラン(全体像)
臨床経験に基づく短期休息+段階的復帰プロトコル。
※重要:このスキームは症状が軽度〜中等度かつ神経症状を伴わない例、画像で非重度の症状(初期〜亀裂段階)で適用する。重度・CTで明確な大きな欠損・神経症状ある場合は整形外科に要紹介。
基本条件(7日休みプラン適用の目安)
- 神経学的異常(筋力低下・感覚障害・膀胱障害)なし
- 激烈な安静時痛なし(安静で著減する痛みが目安)
- 画像で完全な大きな欠損・不安定性を示さない(可能ならMRI/CT確認)
- 患者(特に競技者)が短期間の休息での復帰を希望し、指導に従えること
8 「7日休み」期間中の具体的対応(日別プラン) 基本的に初日から7日目までは古鍼流脈診整法にて対応。
Day 0(診察当日)
- 競技活動・激しいトレーニングは中止(完全除外)
- 画像検査(X線/必要ならMRI)依頼または指示
- 痛み軽減策:アイシング(15分×3回/日)、安静姿勢指導(前屈姿勢を避ける→ただし過度な固定は非推奨)
- 軽度の鎮痛薬使用は医師の指示に基づく(当院では医師紹介で対応)
- 指定運動:重力に逆らう伸展運動は避け、呼吸・姿勢保持の軽い指導
Days 1–3(急性対応)
- 活動:日常生活は許容。ただし腰部伸展・回旋・重い荷重は厳禁。
- 来院治療例(毎日または隔日):
- ソフトな軟部組織リリース(腰方形筋・多裂筋の軽いトリートメント)
- 仙腸関節・股関節のモビライゼーション(疼痛誘発しない範囲)
- 電気治療(微弱電流)、アイシング/短時間の温熱の使い分け
- コア(胸郭/骨盤)を安定させる等尺性の低負荷運動(例:腹横筋の軽いドローイン10–15秒×5回×1–2回/日)
- セルフケア:アイシング、姿勢指導、就寝時の寝具・枕の説明
Days 4–6(炎症落ち着き確認)
- 活動:症状に応じ短時間の歩行・軽い自転車漕ぎ可(痛みが出ない範囲)
- 治療:上記に加え、可動域(股関節・胸椎)改善エクササイズ、軽度の動的安定トレ(ブリッジの軽版等)
- 評価:痛みのスコア(日常動作でのVAS)を毎日記録。目標:安静時痛無、動作での痛みが減少傾向。
Day 7(最終休息日)
- 最終評価:局所圧痛、伸展誘発テスト、等尺性筋力(簡易)、日常動作での痛み確認
- 条件が満たされればDay8で段階的復帰へ移行(以下参照)
- 条件満たさなければ追加休養(追加7日 or 整形外科紹介)
9 Day 8:復帰開始プロトコル(段階的復帰)
復帰は段階的・監督下で。復帰初日は短時間・低負荷から。
Day8(復帰初日)
- 条件(すべて満たすことが必要)
- 安静時痛なし
- 日常動作での痛み ≤ 2/10(VAS)
- 圧痛軽度以下、伸展誘発テスト陰性または臨床的に軽度のみ
- 等尺性コアテスト(腹横筋のドローイン10–20秒×5)が実施可
- 復帰内容(監督下、痛みを出さない範囲)
- ウォームアップ(10–15分、股関節・胸椎中心の動的モビライゼーション)
- 軽い有酸素(ジョグ or バイク) 10〜15分(痛み出現時中止)
- 基本動作(スクワット体重のみ10回、ランジ体重なし5回/側)
- 終了後アイシングと評価
- 禁止:スプリント、ジャンプ、急な伸展・回旋動作、タックルや接触プレー
Day9–Day14(復帰2週目)
- 徐々にトレーニング時間増加(50% → 75% → フルは3週目以降目標)
- 進行基準:痛みが出ない、可動性・筋力が改善していること
- 加える内容:プログレッシブコア強化(動的安定性)、片脚運動、スポーツ特異ドリルの低強度化
- ブレース(腰部コルセット)は必要に応じ(特に競技復帰初期に装着で安心感と荷重軽減)
3〜6週以降(復帰本格化)
- 週ごとに負荷増、接触や競技特異負荷は段階的に復元(目安:復帰後2〜4週でフル参加へ。個人差大)
- リハビリ継続:体幹・股関節・胸椎の機能改善を集中して行う(詳細運動は下節)
10 運動処方(フェーズ別・具体的)
フェーズA(急性・安静期:Day0–3)
- 呼吸ドローイン:腹横筋等尺収縮 10–15秒×5回、1–2回/日
- 股関節軽度ROM:仰臥で膝抱え(痛みなければ)10回×2セット
- 歩行(痛み許容内):5–10分×数回/日
フェーズB(回復初期:Day4–7)
- ブリッジ(膝90°) 10回×2セット(痛みなし)
- 四つ這いでの背骨の丸め伸ばし(Cat-Cow) 10回×2セット
- サイドプランク短時間(10–20秒×3)※片側痛に注意
- 片脚立ち(バランス) 30秒×3/側
フェーズC(段階的復帰:Day8~)
- 片脚ヒップアブダクション 10–15回×3セット
- プランク 30–60秒×3
- 片脚スクワット(膝軽屈) 8–10回×3セット
- 牧場式(Dead Bug) 10–15回×3セット(腹横筋・多裂筋協調)
- 動的コア(Pallof press) 8–12回×3セット/側
- 走行トレ:ドリル→シャトル→スプリント徐々に負荷増
フェーズD(競技復帰期)
- プライオメトリクスの段階的導入(低高さ→高)
- 競技特異ドリル(方向転換、加速減速)を段階的に復旧
- 負荷評価で痛み増悪がなければ完全復帰へ
11 復帰基準(目安:クリニカルチェックリスト)
- 日常生活・練習で痛み0〜1/10
- 伸展で疼痛誘発なし
- コア持久力:プランク 60秒以上、サイドプランク 30秒/側
- 下肢パワー左右差 < 10%(片脚ジャンプ比較等)
- 競技特異テスト(10–20分の軽練習)で痛み増悪なし
- 患者の自覚的安心感(復帰に対する心理的抵抗がないこと)
12 装具(ブレース)・その他の補助療法
- コルセット/硬性ブレース:若年アスリートの活動性の高い分離症(治癒目的に6–12週装着)で用いることがある。メリット:伸展制限・痛み軽減。デメリット:筋力低下のリスク(長期装着は注意)。
- 物理療法:超音波、低周波、微弱電流は疼痛緩和・循環改善の補助として利用可。
- 注射療法(整形外科):疼痛が強く保存療法で改善しない場合はステロイド局注やその他を検討(整形で判断)。
- 手術:非癒合で難治性、または脊椎すべり症を伴う症例で検討される(整形外科へ紹介)。
13 紹介・画像再評価のタイミング(整形外科連携基準)
- 神経学的異常(筋力低下・感覚障害・腱反射低下)が出現した場合は即紹介。
- 7日休みプランで改善が見られない(痛み持続または増強)/Day7の評価で条件不足なら整形紹介(CT/MRIで詳しく精査)。
- 6–12週間の厳格な保存療法で改善なし、非癒合で競技強度が高く捕捉が必要な場合。
- 発育期で骨端成長に関わる問題が疑われる場合。
14 合併症と長期フォロー
- 非癒合(chronic spondylolysis)→ 将来的に分離症に伴うすべり症リスク
- そのため若年期に適切に休養・リハビリを行い、コア筋群・股関節機能を強化することが重要。
- 定期フォロー(例:初診→1週→2週→4週→復帰後月1回×3か月)推奨
15 患者向け説明(簡潔な言葉)
「あなたの腰の骨にスポーツで繰り返し力がかかってできる小さな亀裂(分離症)が疑われます。
多くは安静と段階的なリハビリで改善します。まずは7日間だけ競技を休んで体を整え、その後8日目から監督のもとで段階的に復帰する計画で進めましょう。痛みが増すようならすぐに中止して再評価します。」
16 実務テンプレ(診療記録に使える要点)
- 疼痛部位:L5右側椎弓部付近(圧痛)
- 発症機転:○月○日、練習中に悪化、週○日練習、1回の練習時間○分
- 画像:X線斜位で疑陽性(MRIで骨髄浮腫あり)/CT予約済み
- 施策:7日間の競技完全休養指示、Day1治療:アイシング+等尺性コア指導、Day7評価→Day8条件満たせば段階的復帰指導
- フォロー:1週後再診、2週後機能評価、必要時整形紹介
17 注意点・クリニカルピットフォール
- 「たった1週間で完全治癒させる」ことを約束しないこと。7日休みは急性の鎮痛と段階的復帰の枠組み。骨癒合が必要な段階ではより長期の制限が必要。
- 無理な早期復帰は慢性化・非癒合のリスクを高める。復帰は症状・機能で判断。
- 発育期は骨がまだ成長段階であり、過負荷による変化が出やすい → 家族・コーチと連携を。
最後に:具体的な「7日休み→8日目復帰」チェックリスト(当院用)
Day7評価で以下すべて満たすとDay8復帰許可
- 安静時痛なし
- 日常動作・基本練習動作での痛み ≤ 2/10
- 椎弓部圧痛が明らかに軽減している
- 伸展誘発テスト陰性(または軽度のみ)
- コア基本テスト(ドローイン・ブリッジ)実施可
- 患者が心理的にも復帰同意している(安心感)
- コーチと合意のうえ、復帰は段階的(初日は限定メニュー)
