腰椎椎間ヘルニアの鑑別及び診察

1. 基礎知識・病態整理

定義:
腰椎椎間板ヘルニアとは、椎間板の髄核が線維輪を破り、脊柱管内に脱出して神経根を圧迫する状態を指す。

好発年齢: 20〜40代男性に多い(活動性が高く負荷が集中しやすい)
好発部位: L4/L5、L5/S1(全体の約90%を占める)

原因因子:

  • 長時間座位・前屈姿勢
  • 重量物挙上
  • 慢性的な筋緊張による椎間板への圧迫負荷
  • 加齢・脱水による椎間板変性

2. 病態メカニズム

椎間板は中心の「髄核」と外周の「線維輪」で構成される。
前屈姿勢や座位で後方に圧力が集中 → 線維輪の亀裂 → 髄核脱出。

脱出した髄核が神経根や硬膜を刺激することで、

  • 局所炎症
  • 神経根圧迫
  • 血流障害
    が生じ、「坐骨神経痛様症状」を呈する。

3. 主な症状

症状特徴
下肢放散痛臀部〜大腿後面〜下腿・足趾へ放散(片側性が多い)
しびれ感坐骨神経走行に一致(L5 or S1領域)
前屈で悪化座位・くしゃみ・咳で増悪することも
後屈で軽減椎間腔拡大による減圧
感覚・筋力低下支配神経レベルに一致して出現
アキレス腱反射低下S1障害で陽性

4. 鑑別疾患

鑑別対象鑑別ポイント
腰部脊柱管狭窄症中高年。前屈で楽、歩行距離制限あり。
梨状筋症候群圧痛点が臀部中心。座位で悪化しやすい。
仙腸関節障害片側性。仙腸関節部の圧痛・可動制限。
股関節障害鼠径部痛・可動域制限が主体。
腰椎分離症若年期発症。伸展動作で痛み。

5. 問診チェックポイント

  • 「いつ」「何をして」痛みが出たか(急性 or 慢性)
  • 前屈・くしゃみ・座位で悪化するか
  • 痛みの経路(臀部→下肢後面→足趾?)
  • 感覚麻痺・筋力低下の有無
  • 排尿・排便障害(馬尾症候群の除外)

6. 視診・触診・動作評価

  • 抗痛性側弯姿勢(患側を避けるように体幹が傾く)
  • 座位保持困難、起立動作で痛み増強
  • 腰部伸展で軽減(狭窄症と逆)
  • 下肢筋群(腓骨筋・前脛骨筋)の筋力低下評価

7. スペシャルテスト

テスト名意義陽性所見
SLR(下肢伸展挙上試験)神経根牽引刺激30〜70°で放散痛出現
Cross SLR反対側挙上で患側に痛み強陽性ならヘルニア特異度高い
FNS(大腿神経伸展試験)上位(L3-L4)障害大腿前面に放散痛
Kempテスト神経根・椎間関節評価後屈・回旋で放散痛
下肢神経学的検査L4〜S1反射・筋力・知覚分布低下や異常感覚で障害高位推定

8. 鑑別フローチャート

【腰椎椎間板ヘルニア 鑑別フローチャート】

① 下肢放散痛・しびれを訴える
   ↓
② 年齢20〜40代?
  → YES:ヘルニア傾向
   ↓
③ 前屈・座位で悪化? 後屈で軽減?
  → YES:椎間板性
   ↓
④ SLR陽性?(30〜70°)
  → YES:神経根圧迫強い
   ↓
⑤ 症状分布で障害高位を推定
  L4:大腿前面、膝蓋腱反射低下  
  L5:下腿外側〜母趾背屈障害  
  S1:足底外側〜アキレス反射低下
   ↓
⑥ Cross SLR陽性 or 筋力低下あり?
  → YES:手術適応を検討
  → NO :保存的施術へ

9. 保存的施術方針(整骨院対応)

① 急性期(発症〜2週間)

  • 炎症・神経根浮腫の抑制
  • 安静指導+局所温熱・電療(低周波・微弱電流)
  • 無理な前屈・牽引は禁止
  • 骨盤前傾姿勢(腰椎の自然前弯保持)で痛みを逃す

② 亜急性期〜回復期(2〜8週間)

  • 筋緊張の緩和(腰方形筋・多裂筋・殿筋群)
  • 仙腸関節モビライゼーション・体幹安定化運動
  • 腰椎伸展方向への誘導(マッケンジー法応用)
  • 神経モビライゼーション(スライダー法)で神経滑走改善
  • 股関節可動域を確保し、腰部負担を軽減

③ 慢性期・再発予防期

  • 腰椎前弯維持トレーニング(ドローイン・ブリッジ)
  • 体幹深層筋(多裂筋・腹横筋)の機能再建
  • 動作改善:前屈姿勢での作業指導・体重管理
  • 歩行・スクワットなどの動的安定性訓練

10. 注意点(整骨院での安全管理)

  • 強い牽引・過伸展は禁止
  • 痛み・しびれ増悪時は即中止
  • 反射消失・急激な筋力低下は医療機関へ紹介
  • 坐骨神経走行部への過度な圧迫は禁忌
  • 腰椎可動を確保しつつも「安定性」を優先する

11. 自宅セルフケア指導例

  • マッケンジー体操(腰伸展運動)
     → うつ伏せ → 両肘で上体を軽く起こす(痛みの出ない範囲で)
  • ドローイン呼吸法
     → 腹圧を高めて椎間板負担を軽減
  • 股関節・ハムストリングの柔軟性維持
  • 座位時間の管理(30分ごとに立ち上がる)
  • 姿勢指導: 背もたれに深く座り、骨盤後傾を避ける

12. 患者説明例(理解・安心促進)

「腰のクッション(椎間板)が後ろに少し飛び出して、神経を押している状態です。
多くの人は時間をかけて自然に吸収され、痛みも落ち着きます。
私たちはその回復を助けるように、筋肉と姿勢を整えていきます。」


13. 臨床現場でのチェックポイント表

チェック項目内容評価
SLRテスト30〜70°で放散痛陽性/陰性
神経学的所見反射・筋力・知覚正常/低下
体幹姿勢抗痛性側弯・前屈制限有/無
可動域前屈制限>後屈有/無
日常生活座位悪化・立位軽減有/無

14. 臨床コメント

椎間板ヘルニア患者は、「痛みの恐怖」により体幹筋が抑制されやすい。
したがって**「痛みが減っても再発しやすい」のが特徴。
施術後は必ず
腹圧強化・股関節可動性改善**をセットで行うことで、
椎間板への再負担を最小限にすることができる。